はじめに
「栄養不足」「栄養失調」という言葉に皆さんはどのようなイメージを持っているでしょうか。病気?戦時中?発展途上国?いずれにしても、食事が満足に摂れる多くの現代日本人には関係のない話だと思っていませんか?
そんなことはありません。実は、最近、しっかりと食事を摂っているにも関わらず、栄養状態が悪い「現代型栄養失調」が大きな問題となっています。この現代型栄養失調は、高齢者に限らず若い世代にも増えてきています。また、一見太っている人でも低栄養のこともあり、注意が必要です。
この記事では、栄養不足に陥る原因と栄養不足の時に体に現れる症状についてまとめました。「栄養不足なんて自分には関係ない」と思わず、体からのサインに気づいて栄養不足に対処できるようになりましょう。
栄養不足とは
まず、栄養不足になる原因や具体的な症状をお話しする前に、栄養不足とはどのような状況かを簡単にご説明します。
私たちの体は、骨や筋肉、脂肪、皮膚などで構成されています。これらを作り健康に保つために、体の外から摂取しなければならないのが「栄養素」です。栄養素の中でも、体を動かすエネルギー源、つまりカロリーとなる「糖質」「脂質」「タンパク質」を特に3大栄養素と呼んでいます。私たちの体の基本となる栄養素ですね。これに微量栄養素とも言われる「ビタミン」と「ミネラル」を加えて5大栄養素とも呼びます。5大栄養素は体の調子を整える、体を動かすエネルギーになる、健康状態を維持するために重要な栄養素で、これらが不足すると栄養不足ということになります。
栄養不足になる原因

では、現代の日本でなぜ栄養不足が問題となっているのでしょうか。次に、栄養不足になる原因を見ていきましょう。
食べ物の摂取不足
もちろん、食べ物を摂取していなければ栄養不足になります。シンプルですね。
実は今、若い女性の自己流ダイエットによる栄養不足が問題視されています。実際に、慎重に対して体重が小さい痩せ型の人が20代の女性には多く、BMI(体格指数)が18.5kg/m2未満の人は全体の2割以上いるというデータもあります。過度のダイエットのために食事を抜いたり、食事のバランスが悪くなったりすることで栄養不足に陥るケースが多いということです。
若い女性の低栄養状態が恐ろしいのは、自身の体の問題だけではないという点です。低栄養状態の女性が妊娠すると、生まれてくる赤ちゃんにも悪影響があります。
まず、痩せて妊娠すると早産や低体重出生児のリスクが高くなります。出生体重の平均値はその国の経済状況を反映しているとも考えられています。日本ほど経済状況が恵まれているにも関わらず低体重出生児が多い国は世界でも異例のようです。その背景には母親となる若い女性の栄養不足があると指摘されています。
さらに、ここ数十年の研究から、低体重で生まれた子どもは心臓病や脳梗塞、2型糖尿病、高血圧、メタボリック症候群、脂質異常症、精神発達以上、骨粗しょう症などの発症のリスクが高まることも分かってきました。こんなにたくさんのリスクがあるなんて怖いですよね。
偏食
食事を十分に摂っていても、栄養不足になることがあります。摂取カロリーは足りているのに、食生活が偏っているために一部の栄養素が足りなくなるということです。これが、現代の日本では大きな問題となっています。
皆さんの休みの日の食生活を思い浮かべてみてください。朝ごはんはパンのみ、昼ごはんにスパゲッティを食べて…というように炭水化物に偏っている日はありませんか?ファーストフードやインスタント食品に頼ってしまうこともありますよね。このように、現代の食生活は炭水化物や脂質が過剰となる一方で、ミネラルやビタミンが極端に不足しやすくなっています。そのため、1日3食しっかり食べているつもりでも、栄養不足になっていることがあります。
高齢化
もう一つ、現代の日本で栄養不足が深刻になっている原因は高齢化です。高齢の方は、特にタンパク質が不足してしまうケースが多くなっています。
理由として、高齢の方は、硬いものが食べられなくなったり、味がさっぱりしたものを好んだりするため、食事が偏りやすくなることが考えられます。お肉を避ける傾向からタンパク質が不足しがちになるのでしょう。
他にも、歳をとるにつれて身体の消化吸収力が低下するということもあります。つまり、若い人と同じ量のタンパク質を摂取しても、効率よく血管や筋肉にすることができなくなり、タンパク質不足になってしまうということです。
栄養不足の症状

栄養不足が昔の話や遠い国の話ではないということがお分かりいただけたと思います。現代の日本人にとって、栄養不足はとても深刻な問題です。では、栄養不足になると体にはどのような症状が出るのでしょうか。ここからは、栄養不足を知らせてくれる体のサインをご紹介します。当てはまるものがある人は、日頃の食生活を思い返してみて、栄養不足になっていないか確かめてみましょう。
体重の減少
栄養不足で最も目に見えやすい症状は、体重減少です。栄養不足状態が続くと体を動かすエネルギーがなくなるため、体は脂肪や筋肉をエネルギーに変えようとします。そのため、体重が減少することになります。
体重減少は栄養不足を発見する最も重要な指標なので、定期的に体重を測る習慣をつけましょう。体重が半年以内に2~3kg減少している時は、低栄養のリスクが高いと言われています。体重減少に伴って、見た目にも影響が出てきます。具体的には、骨が出っ張ったり、頬がこけたりというような変化が現れます。また、重度の栄養障害になると、腕や腹部に水が溜まるという症状が見られることもあります。
純粋な体重だけでなく、BMIも栄養状態を知るための1つの指標となります。BMIは「体重(kg)÷(身長(m)×身長(m))」で求められます。高齢者でBMIが20以下になると低栄養のリスクが高いと判断され、要介護や総死亡リスクが統計的に高くなる値となります。
体重減少やBMIの変化は栄養不足を知る重要なサインです。ただし、どれか1つだけの値を見て判断するのではなく、様々な検査の結果や食事の状況を踏まえて総合的に判断するようにしましょう。
しかし、前にも書きましたが、最近では摂取カロリーが足りているのにも関わらず必要な栄養素が不足している人も多いです。この場合、体重減少は起きません。むしろ、肥満なのに栄養不足という人がいるほど。では、栄養不足の時には、体重減少の他にどのような変化が起きるのでしょうか?
運動機能の低下
体内の栄養が不足すると、身体機能が衰えます。どのような運動機能の影響が現れるか見ていきましょう。
筋力が減る
栄養の中でも特にタンパク質が不足すると、筋肉量や筋力の低下につながります。タンパク質の多くは筋肉に蓄えられているため、タンパク質が足りなくなると筋肉内のタンパク質を使わざるを得なくなるからです。結果として、運動機能が低下して疲れやすくなります。階段の登り降りがきつくなったり、食べ物を噛む力が弱くなったり、日常生活に支障をきたすこともあります。
また、筋肉量が低下すると、太りやすい体になります。通常、私たちは呼吸をしたり体温を維持したり内臓を動かしたりと、生きているだけでエネルギーを消費しています。しかし、タンパク質が不足すると、このエネルギー消費が減ると言われています。エネルギーを効率よく消費できないために太ってしまうんですね。太ると、体を動かすのが大変になって活動量が減るのでさらに筋肉量は低下し、筋肉量が低下すると太りやすくなり…という悪循環に陥ってしまうこともあります。
骨折しやすくなる
栄養不足状態では、骨の原料となるカルシウムが不足していることが多いです。そのため、骨が弱くなり少しの衝撃でも骨折しやすくなります。
少し意外かもしれませんが、ビタミンも骨量に大きく関係しています。ビタミンDは骨を丈夫にするのに不可欠な栄養素です。ビタミンDには、カルシウムが小腸から吸収されるのを助けたり、血液中のカルシウムが骨に沈着するのを助けたりする働きがあるからです。ビタミンDが著しく不足している人は、ビタミンDが足りている人に比べて、6.6倍も骨折リスクが高いという報告もあります。また、納豆や緑黄色野菜、卵などに含まれるビタミンKも骨を作る働きを促進します。そのため、これらのビタミンが不足していると、骨がもろくなったり骨折しやすくなったりします。
免疫機能の低下
免疫とは細菌やウイルスから体を守ってくれる防御機能のことです。免疫機能がしっかりと働いていると、感染症にかかりにくくなります。
この免疫機能の維持には、必要な栄養素をしっかりととることが不可欠です。逆に言うと、必要な栄養がバランスよく摂取されていなければ、免疫機能が低下するということです。様々な栄養素と免疫機能の関係が報告されていますが、特に重要な栄養素をピックアップしてみましょう。
ビタミン
ビタミンは免疫細胞の働きを強化する栄養素です。しかし、インスタント食品やファーストフードに頼った現代の食生活では、ビタミンがかなり不足しやす区なっています。最近かぜを引きやすくなったと感じている人は、ビタミンが不足しているのもしれません。
ビタミンAは、皮膚や粘膜を正常に保ちます。喉や鼻の粘膜はウイルスの侵入を防ぐ役割を持っているため、ビタミンAが不足すると喉や鼻の粘膜が弱くなり異物が侵入しやすくなります。
ビタミンCは、体内に侵入したウイルスや細菌と戦う白血球やリンパ球に多く含まれています。つまり、私たちの細胞の攻撃隊はビタミンCを多く持っているということです。そのため、ビタミンCが不足すると免疫が低下します。実際に、かぜを引いているときは白血球中のビタミンCが減少することが報告されています。
ビタミンEは、抗酸化作用を持ちます。私たちは呼吸によって酸素を体内に取り入れていますが、この酸素の一部は活性酸素となって細胞を酸化させます。分かりやすく言うと、細胞がさびてしまうということです。ビタミンEはこの活性酸素を除去することで、細胞や組織をさびから守ることができます。免疫細胞も酸化から守り、免疫機能の低下を防いでいるので、ビタミンEが不足すると免疫機能が低下してしまいます。
このように、様々な種類のビタミンが私たちの免疫機能と関係しています。そのため、ビタミンが不足するとかぜをひきやすくなります。
ミネラル
ミネラルもビタミンと並んで、免疫機能の維持には欠かせない栄養素です。ミネラルは体内で合成することができないので、必ず体外から摂取する必要があります。ミネラルの中でも、亜鉛は、免疫細胞を活性化させたり異物に対抗する抗体という物質の産生を調節したりするため、免疫力アップに不可欠な栄養素だと言われています。
タンパク質
免疫機能を担う免疫細胞は主にタンパク質でできています。そのため、タンパク質が不足すると免疫細胞がうまく働けなくなります。運動機能だけでなく、免疫機能の維持のためにもタンパク質はとても重要な栄養素ということですね。
腸内環境を整える成分
栄養素とは少し異なりますが、腸内環境を整える成分も免疫の維持には非常に重要です。腸は口から入ってきた細菌やウイルスにさらされる機会が多いため、数多くの免疫細胞が備わっています。免疫に関わる細胞の6割以上が腸に存在していると考えられており、腸は最大の免疫器官とも言えます。そのため、偏った食事により腸内環境が崩れると免疫機能が低下します。
精神症状
栄養不足が与える影響は身体の機能だけではありません。実は、低栄養は精神機能にも大きな影響を及ぼします。精神機能の中心を担っている脳はたくさんの栄養を必要とするため、摂取された栄養が少ないと精神症状が現れるということです。では、具体的にはどのような症状が現れるのでしょうか?
意識障害
頭がぼーっとする意識障害は、ご飯やパンなどの炭水化物の不足で引き起こされます。炭水化物は、身体や脳のエネルギーを生み出す栄養素です。特に、炭水化物から作られるブドウ糖は、脳にとって唯一のエネルギーとなります。そのため、炭水化物不足になると、脳はエネルギー不足となり、意識障害や集中力の低下につながります。
ダイエット法として炭水化物を抜くという方法が人気ですが、炭水化物の不足はとても危険です。炭水化物ダイエットをしたい場合は、過度に炭水化物の摂取量を減らしたり全く摂らなくなったりするのではなく、適度に減らすようにしましょう。また、不足するエネルギーを補うために、タンパク質をしっかりとることが大事です。
抑うつ、イライラ
理由もなくうつっぽくなったり、すぐにイライラしてしまったりする人は鉄分が不足しているのかもしれません。もともと鉄分は十分な量を摂取するのが難しい栄養素です。赤身のお肉や魚に含まれていますが、バランスの良い食事をしていても吸収される量は少なく不足しがちです。偏った食生活の人はもっと鉄不足のリスクが高いということですね。さらに、女性は月経によって鉄分が体外に出てしまうので、特に注意が必要です。
鉄は、不安やうつをやわらげる「セロトニン」やストレスを軽減させる「ドパミン」などの脳内の神経伝達物質を作る過程で必要となるため、鉄分が不足するとこれらの神経伝達物質の分泌が低下します。そのため、うつやイライラといった症状につながります。
皮膚のトラブル
低栄養状態が続くと、皮膚の症状として現れることがあります。皮膚の荒れや皮膚炎、肌の乾燥などの症状に悩まされている場合は栄養不足かもしれません。
肌荒れ
ビタミンBやミネラルが不足すると、肌が荒れることがあります。ビタミンBの中でも、ビタミンB6は特にタンパク質の代謝を促す働きがあります。タンパク質と言うと、少し前で触れたように、筋肉や運動機能を連想すると思います。しかし、タンパク質は筋肉だけでなく、様々な組織の成分となります。肌もその1つです。
ビタミンB6には、皮膚の新陳代謝であるターンオーバーを促進する作用があります。ターンオーバーが乱れると、肌荒れやくすみ、肌のハリの低下につながると言われています。また、ビタミンB6は皮脂の量も調節するので、ビタミンB6不足は皮脂の過剰分泌で起こるニキビの原因にもなります。
肌の乾燥
肌の乾燥が気になる人も、肌荒れと同じようにビタミンB6が不足しているかもしれません。ターンオーバーが乱れると、水分が逃げやすい細胞が皮膚にとどまってしまい、肌が乾燥しやすくなるからです。逆に、食べ物から十分な栄養素を摂ることで、栄養不足によるターンオーバーが改善すると期待されています。
他に、肌のうるおいを保つ栄養素も知られています。ビタミンの中でも、ビタミンAは肌を乾燥から守る作用があります。にんじんや小松菜、レバーなどに多く含まれる栄養素なので、これらが不足している食事を続けていると肌が乾燥することもあるでしょう。
また、水分が肌の表面から蒸発するのを防ぐために、脂が必要となります。皮脂の原料となる必須脂肪酸は植物性油に多く含まれることが知られています。ニキビなどを気にして極端に油を避けた食生活を送っていた結果、肌がカサカサになってしまったということになりかねません。
創傷治癒の遅延
栄養不足で起こる症状、他には傷が治りにくいということがあります。普段けがをしても、数日経てば傷口は自然と治っていますよね。しかし、実は傷口を治すためにはエネルギーやタンパク質、その他様々な栄養素が必要になります。
私たちの体が傷口を治すとき、線維芽細胞(せんいがさいぼう)という細胞がコラーゲンなどの細胞外基質を産生し、傷ついた組織を補充しています。この時、原料となるのがタンパク質、膨大なエネルギー、酸素です。つまり、これらが不足していると体は傷口を治すことができません。そのため、けがが治らない、治りが遅いというのは、低栄養状態を知るための1つの指標となります。
貧血、めまい
栄養不足のうち、鉄分が不足すると貧血やめまいという症状が出ることがよくあります。私たちの体の中では、ヘモグロビンという物質が酸素を全身に運んでいます。鉄はヘモグロビンの重要な材料の1つなので、鉄が不足するとヘモグロビンを作ることができません。その結果、貧血になります。
ヘモグロビンが足りなくなると、全身に酸素を行き渡らせることができなくなるので、体が酸素不足となります。そのため、めまいや立ちくらみといった症状が現れます。
鉄不足になるとイライラなどの精神症状が起こるというお話をしましたが、これらの精神症状も貧血と関係していると考えられています。他に、朝起きるのが辛くなったり、顔色が白くなったり、疲れやすくなったりという症状を訴える人もいます。貧血の症状はたくさんあるので、「少し体調が悪いな」で済ませず、体からのSOSに気づけるようになりましょう。
手足のしびれ
手足のしびれも栄養不足によって起こることが知られています。関与する栄養素はビタミンB12。
ビタミンB12は神経の機能を保つ作用があるとされています。そのため、ビタミンB12が不足すると神経障害が起こります。神経障害が進行すると動きや感覚をコントロールする部分が障害を受けるため、全身の筋力が低下したり手足がしびれたりといった症状につながります。具体的には、手足がチクチクする、手足の感覚が分かりづらい、力が入りにくいという自覚症状が現れることが多いです。
ビタミンB12不足で出る症状についてご説明しましたが、実はビタミンB12は比較的不足しにくい栄養素です。肉類や魚類にも含まれているので、野菜不足になっている人でも撮りやすいと言われています。また、体内の腸内細菌によって作られているため、一般的な食生活を送っていればビタミンB12不足になる心配はあまりありません。しかし、高齢の人や胃腸に病気がある人、また野菜しか食べない生活を送っている人では、ビタミンB12が不足することがあるので注意しましょう。
栄養不足の対処法

私たちの体には様々な栄養素が必要で、栄養素が不足することでいろんな症状が起こることがお分かりいただけましたね。それでは、栄養不足にはどのように対処すれば良いのでしょうか。
規則正しい食生活を
声を大にして言いましょう。規則正しい食生活は、栄養不足を解消するのにとても有効な方法です。栄養不足だからといって、食事の量を増やせばいいというわけではありません。繰り返しになりますが、カロリーは足りていても一部の栄養素が足りないために症状が出ることもあります。肉、魚、野菜、果物、大豆製品や乳製品などをバランスよく食べることが大事になります。
栄養補助食品を使う
毎日の食生活で栄養を補うことが難しい場合には、栄養補助食品を使うこともできます。現在ではとても多くの種類の栄養補助食品が販売されており、目的に応じたものを選ぶことが可能となっています。ほとんどのものはスーパーやドラッグストアで手に入るので、ある栄養素が不足しがちがという人は取り入れてみてもいいでしょう。
最後に
栄養不足になった時に体に現れるサインとその対処法についてご紹介してきました。栄養不足が原因で起こる症状はたくさんあります。最後に、この記事の内容をまとめたチェックリストを載せておきます。低栄養の症状が出ていないかチェックしてみましょう。
チェックがつく項目はありますか?1つでも当てはまるものがある人は、食習慣を見直してみましょう。栄養不足を知らせる体からのサインかもしれません。
WRlTER この記事を書いたのは

現役東大生ライター M.K 家庭教師ファーストの登録家庭教師。東京大学薬学部在学。家庭教師だけでなく塾講師の経験もあり。